2006年1月20日 (金)

進化論あれこれ

耐震強度の話をしたが、いかに世間の常識が真実と乖離しているかということは他にもいろいろある。例えば進化論などはその最たるものだ。おそらく日本人の100人中95人以上は進化論を不動の真理として信じていると思う。しかしそれは大間違いなのだ、と言うと、人は私を狂信的なキリスト教原理主義者と思うのではないだろうか。

実を言うと私はクリスチャンになる前は進化論が大好きだったのだ。よく進化論の関係の本を買って読んでいたものだ。進化論と言えば何といってもチャールズ・ダーウィンである。おそらく100人中90人はいまだにダーウィンの進化論が正しいと信仰しているのではないだろうか。ダーウィンの唱えた理論は生物の個体差に対して自然選択(自然淘汰)が作用して、環境に有利な個体が生き残って、それが長い時間の間に新しい種ができるというものである。その後、ダーウィンの後継者によって突然変異と自然選択のセットで進化が起こるという綜合説(ネオダーウィニズム)が長い間幅を利かせていた。

しかし考えてみればこの理論は成り立たないことは少し考えてみればわかる。鳥類は爬虫類から進化したと考えられているが、その根拠になっているの始祖鳥と呼ばれる鳥の羽を持つとかげの化石が発見されたからだが、飛べないとかげがいつから飛べるようになったのだろうか。もし個体差が進化につながったとすれば、鳥の羽はいきなりできたのではなく徐々に進化したことになるが、飛べない限り羽は役に立たない。役に立たない限り自然選択は有利には働かないはずである。他方、偶然の突然変異でいきなり飛べる鳥が生まれたとは私には信じられない。飛行するには諸条件が整わなければできないことなのだ。誰か飛べないとかげが飛べる鳥になる過程を納得ができるように説明してもらいたいものだ。

ダーウィンの説にたてついた人はいろいろいて、有名なのは日本の今西錦司がいる。今西は京都大学で鴨川のカゲロウを研究していてダーウィンの説に疑問を持ち、「生物は変わるべき時が来たら変わる」と生物が主体的に変化するという独自の進化説を立てた。そのほかラマルクの用不用説、生殖質連続説、隔離説、定向進化説、内部選択説、遺伝子重複説、移動平衡説、新ラマルク進化論、成長遅滞説、血縁選択説、定向突然変異説、ウイルス進化論など何でもありの様相だ。

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なお現在は分子生物学の発達で、生物の形質は遺伝子DNAによって決まっていることがわかっていて、現在の主流派進化論も綜合説から分子進化論に移っている。その中心理論となっているのは国立遺伝学研究所の木村資生の分子進化中立説と絶滅に伴う適応放散である。DNAの突然変異はランダムで多くは生物にとって有利でも不利でもない。絶滅が起こり、生態系に空白ができると中立な突然変異が蓄積され、環境が変化すると自然選択が働いて新しい種ができてくるということらしい。

しかしこの説の根底には突然変異は方向性がなくランダムであるという思想が前提にある。ところが最近の発見の中に分子進化中立説をぐらつかせるようなものがあること、環境によって特定の方向性を持った中立でない突然変異が多発するというような現象も報告されているとのことだ。これは方向性を持った集団的な進化という今西の思想を思い起こさせる。そのメカニズムは偶然性をその中心教義とする現代の進化論では皆目見当がつかないという。

このように進化論は混迷の中にあり、進化論が確立された学説だというのは全くの認識不足なのである。ほとんど自然科学とは言いがたいものなのだ。それよりもむしろ進化論は社会思想あるいは無神論、特に反キリスト教的な思想であるということができよう。それに比べればデザイナーが完璧に設計図を描いて、役に立たない羽ではなく、ちゃんと飛ぶための羽を作ったというのは十分に合理的な説明と言えるだろう。

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