2008年8月 6日 (水)

放蕩息子の帰郷

放蕩息子の帰郷―父の家に立ち返る物語― Book 放蕩息子の帰郷―父の家に立ち返る物語―

著者:ヘンリ・ナウエン
販売元:あめんどう
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母に勧められてヘンリ・ナウエンの『放蕩息子の帰郷』を読んだ。この本はナウエンがレンブラントの晩年の作品『放蕩息子の帰郷』のポスターを見た話から始まる。その絵にはひざまずく放蕩息子と彼を抱く父とそれを見つめる兄息子とその他の人物が闇の中に浮かび上がるように描かれている。光の画家として有名なレンブラントらしい作品だ。

ナウエンがこの絵に強く惹かれた理由は、この絵の中に登場する人々の姿の中に、福音の本質と私たちの姿が象徴的に現わされているからだ。放蕩息子は放蕩の限りを尽くして我に返り、父の使用人にしてもらおうと父のもとに帰ってくる。父は彼を遠くから見つけ、駆け寄って抱きよせ、使用人にしてくれと言う放蕩息子に、最良の着物を着せ、指輪をはめさせ、履物を履かせ、肥えた子牛を屠らせて祝宴を始める。そこに兄息子が帰ってきて、自分は忠実に父に仕えていたのに子やぎ一匹くれなかった、と父に腹を立てるという聖書の物語を絵にしたものだ。

ナウエンはまず放蕩息子を自分に重ねる。彼はハーバード大学で神学を教えるエリートだったが、名声と競争を離れ、ラルシュという知的障害者施設の牧者となる。彼はカトリックの司祭として長く働いて来たが、挫折や心の痛みに悩まされ、絵の中の放蕩息子に自分を見たのだった。しかしある人から「あなたはむしろ兄息子に似ている」と言われ、突如自分のうちに、品行方正さを保ちつつも、嫉妬、怒りっぽさ、強情、独善があることに気付く。そしてある人から「あなたは父となるように召されていることに気付くべきです」と言われ、『何も問いただすことなく、何の見返りも求めることなく、自分のこどもたちを歓迎して家に迎え入れる父になる』という召命をわたしたちは受けていることを悟る。これは父なる神さまの徳性であり、イエスも、あなたがたも天の父のように完全でありなさい、と求めておられるのだ。

その父なる神についてナウエンは、放蕩息子を兄息子とを比較せず愛する方であることを、マタイ20章のぶどう園の労務者のたとえから説明する。父なる神さまがたとえられているぶどう園の主人は、一日中暑い中働いた者も夕方から少しだけ働いた者も、同じ賃金を支払った。このことからナウエンは「神はご自分に属する人々を、ほんのわずかしか働かなかった人も、多くのことを成し遂げた人と同様に愛される幸福な家の子たちだと見なしておられる」と言う。わたしたち子どもは不公平だと不満に思いがちだが、父なる神さまは違うのである。ここに福音の本質が隠されているようだ。そしてわたしたちもそのように変えられていくのだろう。

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2007年2月18日 (日)

敬虔主義の系譜

「敬虔主義 そのルーツからの新しい発見」(デイル・ブラウン著、梅田與四男訳、キリスト新聞社)の読書感想を述べる。

著者のブラウン氏は新正統主義の雰囲気の中にいて、批判的に見られている敬虔主義について、自身の出身教団の同胞教会(the Church of the Brethren)が敬虔主義の起源を持っていることから関心を持ち、1962年に「敬虔主義における主観主義の問題-とくにフィリップ・ヤコブ・シュペーナーとアウグスト・ヘルマン・フランケの神学に関する新たな明確化」という博士論文を書かれたが、その後ベサニー神学校で奉職して来られ、多数の著書があるが本書はそのひとつである。

訳者の梅田師は日本聖契キリスト教団の秋津キリスト教会の牧師をされており、1992年にノースパーク神学校に留学され、そのとき著者の教えを受けられたとのことである。

本書は敬虔主義に向けられている誤解や批判を、敬虔主義の初期の指導者であったシュペーナーとフランケの主張に沿って修正しようとするものだが、彼らの著述が多数引用されていて、敬虔主義の長所および短所がよくわかる。

私は笹沖教会30周年記念集会で学んだ敬虔主義の伝統に関心を持ち、インターネットで検索していて本書を見つけて購入したものだが、シュペーナーやフランケ、またツィンツェンドルフのヘルンフートやモラビア教徒、ジョン・ウエスレーのメソディズムなどとの相互関係がよくわかった。さらにはチャールズ・フィニーやジョナサン・エドワーズなどにもドイツ敬虔主義の影響が広く及んでいることを知った。聖約教団のルーツであるスウェーデンのミッション・カベナント教会も登場する。

しかしキリスト教界では意外に敬虔主義は批判的に見られているという。「敬虔主義ということばは、感情主義、神秘主義、合理主義、主観主義、禁欲主義、静寂主義、神人協力説、千年王国説、道徳主義、律法主義、分派主義、個人主義、他界主義などと同一視され、否定的に用いられてきた」という。これは「敬虔主義者たちとともに-ありもしない天国のようなところに-いるよりは、教会とともに地獄にいるほうがましである」と言ったというカール・バルトの影響が大きかったようだ。

シュペーナーはルター派に身をおいたが、若いころストラスブールで学びその際ピューリタンの影響を受けたらしい。シュペーナーの特徴の小集会は当時その地で広く認められていたという。道徳的熱心、聖書主義、また「教会共同体は自分たちの牧師の選出に参与すべきであり、信徒と牧師はいずれも、教会会議に含められるべきである」とより民主的な教会政治形態などにカルビニズム的な特質も受け継いだということのようだ。さらにはスピリチュアリズムやアナバプテスト主義などの影響も受けているらしい。

シュペーナーは当時のスコラ主義的な教理体系に対し、『昔の単純さ』について語り、最も重要なのは、次の二つの教理であるとした。すなわち、「わたしたちの汚れと無能についての認識。そして神の御子キリストへの信仰であって、彼は真の人であり、私たちのために救いを実現し、私たちのために赦しと和解を獲得し、さらに私たちの新たな生活に力と刺激を与えた方であり、彼こそ、私たちの生活の基準また規範なのだ」と。また「哲学を通じて未信者を信仰の諸箇条に至らせようとする試みよりも、むしろキリストの功績と力とを個人的に知るように導くほうがはるかに良い。」そしてその先の教理は聖霊が教えるという。このように極めてシンプルかつ体験的な信仰を彼は主張した。その後の敬虔主義者たちはもっと主観的な聖書解釈に流れていったようだが、シュペーナーらは穏健な聖書解釈を行ったようだ。

そしてその場が小集会であった。シュペーナーは「敬虔な心の持ち主が集まり、聖書を読むとき、それぞれは慎みと愛をもって、神が聖書によって理解させてくださったことを他の人々の教化のために語るべきである。そうすれば、その考えていることは、他の人々の教化に役立つであろう」と言った。そのような帰納的な学びは聖書の理解を深める反面、主観主義へと通じることにもなった。

フランケはシュペーナーと親交を持ち、ハレ大学で牧師、神学者、そして聖書協会や慈善施設の創立者として働いた。そこでフランケは神学生をそうした様々な慈善施設で訓練したという。こうしてハレは国内宣教(社会的必要に対する働き)、海外宣教、ユダヤ人宣教、聖書や他の文献の普及、そして多くの若い人々による世界への敬虔主義の発信基地になったという。

ツィンツェンドルフはフランケの教育施設で学んだ。そしてヤン・フスの流れを汲むボヘミア兄弟団の残存者とヘルンフートを建設した。ドイツ敬虔主義とそのような関わりがあったが、ヤン・フスが敬虔主義の直接の源流というわけではないようだ。その流れを汲むモラビア兄弟団とジョン・ウエスレーが出会い、メソジスト運動となっていった。

シュペーナーやフランケは、『譲ることのできない事柄においては真理を、譲ることのできる事柄においては自由を、あらゆる事柄において愛を』という宗教的自由の尊重と寛容さがあった。これらは今もスウェーデン聖約教会に色濃く残っている特徴である。彼らは信条に敬意を払ったが、当時の正統派が信条を聖書とほとんど同等の権威を持たせたのに対し、信条は聖書と一致している限りにおいて正しいとした。

敬虔主義の特徴として再生を重視することがあり、その結果行いを重視する傾向がある。シュペーナーは「キリスト教の骨子は、・・・悔い改め、信仰、そして新たな従順である」と言ったが、彼は「律法的従順と福音的従順を明確に区別しようとした。前者は律法から生じ、後者は信仰と神の愛から生じる。律法的従順は人間そのものの力と努力に由来しており、福音的従順は信仰と御霊の力に由来している」という。すなわち信仰者の行いは内なる人、すなわち内的な再生の現れであり、「善い行いとは真の信仰のしるし」に他ならなかった。そのように彼らの主張は極めて福音的なものであったが、行いの重視は、容易に形だけの敬虔、律法主義へと変質し得るものでもあった。

このように敬虔主義は、聖書の重視、個人的回心の重視、宗教的自由の尊重、小集会での聖書研究、民主的な教会観、聖霊の力の重視などの特長を有している。その反面、主観的な信仰に偏りやすい、外部からの教えに影響されやすい、霊的な高慢に陥りやすい、律法主義になりやすいなどの短所があることがわかる。

本書を読んで、自分たちの信仰の中に、特に教えられたわけではないのに、敬虔主義の霊性の伝統が色濃く存在していることに気づかされる。これも時代を超えて継承された聖霊のわざなのであろう。敬虔主義の持つ短所に注意しつつ、その長所を生かしてその働きを伝えて行きたいと思わされた。

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2007年1月 6日 (土)

霊性ということについて

いのちのことば社の21世紀ブックレットの「現代に生きるキリスト者と「霊性」」(http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/d/book_db.cgi?key=&keys37=%8C%BB%91%E3%82%C9%90%B6%82%AB%82%E9%83L%83%8A%83X%83g%8E%D2%82%C6%81u%97%EC%90%AB%81v&keys33=&keys29=)という本を読んでの感想を述べたい。この本は同じく21世紀ブックレットの「現代に生きる「霊性」と教会」という座談会の続編であり、宇田・高木・小渕3氏によるいわゆる「霊性」についてのやはり座談会の記録である。

そもそも「霊性」とは何かということだが、何となくつかみどころがない言葉であるが、本書の中では次のように書かれている。

  • 霊性とは、御霊によって導かれて、あるいは御霊の働きによって生み出された姿勢、生き様あるいは生の質
  • 霊性とは神の御姿に似ること
  • 霊性はビーイングと言われるあり方
  • 霊性とは、仲間であるキリスト者の中で、そしてこの世の中で、神とともに歩むわれわれの生活の性格と質

本書のテーマは、私たちの信仰生活は、ドゥーイング(Doing)、ノウイング(Knowing)、ビーイング(Being)の3つの側面があるが、今日の日本の福音派は、ドゥーイングとノウイングについてはそれなりにやってきたが、今はビーイングについてどうかが問われているのではないかというところから話が始まる。

そして日本の福音派のこれまでの歩みを省みて、教会と伝道との関係で、すべてがたましいの救い、すなわち伝道が第一義的な目的になりすぎていたのではないか、もちろん伝道は重要なのであるが、論証するとか折伏するというよりも、「身証」という心と体で現す、存在全体で現すことが重要なのではないか。そのためにはビーイングを大事にしないといけないのではないかと言うことのようだ。

そのためにはどのようにすれば良いのかということも議論がなされているが、その中でヒントを感じたのは、過去に得てきたものの中に鍵があるのではないかということだ。日本の福音派はほとんどが敬虔主義の流れを引いているが、宇田師は17世紀のドイツの敬虔主義の牧師のシュペーナーは、礼拝だけでなく「小集会」を持っていたこと。それが福音派の家庭集会の起源になったという。そして最近の霊性の検討の中でも、共同体的交わりと生活、愛とか個性を認めながら生活していくということが言われるが、そういうものを満たすのは、そうした小さな集会なのではないかということを言われている。

また霊性の育成の場と共に、「導き手」の必要性が語られている。弟子訓練などのプログラムにより型やノウハウを教えることは必要としても、信徒の霊的成長を育むためには、「指導者」による教育訓練というよりも、師弟関係あるいは信仰の先輩や信仰の友に近い「導き手」が必要であることが語られている。

先に書かせていただいたことであるが、笹沖教会30周年記念集会で、吉岡師が19世紀のスウェーデンでは、ドイツの敬虔主義の影響を受けて、あちこちに小グループの聖書研究の集まり「目覚めの民」のムーブメントが起きたと述べられたが、それはもしかしてシュペーナーからの伝統だったのだろうか。そのような場で聖書を良く読み、互いに教え互いに戒めという、使徒時代の教会のようなリバイバルが起きたことは、現代の私たちの教会においてもヒントになると感じた。

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2006年8月 8日 (火)

キリスト教原理主義

先日、JEA(日本福音同盟)の神学委員会が作成した小冊子「原理主義」を入手した。

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これは2001年9月11日の世界貿易センタービルのテロを契機として、ブッシュ政権の下、アフガン戦争、イラク戦争が起こったが、その背景にアメリカにおけるキリスト教保守派によるイスラム原理主義ならぬキリスト教原理主義があると言われている。

この本はその神学的検討を試みたもので6人の神学者による論文がまとめられたものだ。①石原潔「過激な原理主義を生み出す聖書の解釈」、②関野祐二「原理主義と福音主義-米国キリスト教原理主義に見る日本の福音派の課題」、③藤本満「排他主義という黒幕-神学的人間論からの考察」、④倉沢正則「多神教は本当に寛容であるのか」、⑤岡山英雄「原理主義と戦争」、⑥渡辺聡「9・11当時のアメリカの福音派の状況と分析」

アメリカではブッシュ大統領が、大量破壊兵器があると主張して始めたイラク戦争だったが、実はそんなものは初めからなかったと言い、それでもイラクをフセインから解放したのだから良かったじゃないかとうそぶいて、何の非難も受けないという不思議な国だ。はじめからわかっていて仕掛けられたものであろう。その裏にはネオコンと産軍複合体の謀略があったという報道番組もあった。それを支持したのが南部の保守的キリスト教徒「福音派」であると報道ステーションでも報道され、ビリー・グラハムも登場した。

この米国の福音派のイラク戦争支持の状況を日本の福音派は当惑しながら眺めており、どう理解したらよいのかと考えたのがこの冊子の作成動機のようだ。ちなみにJEAではイラク戦争反対の声明を出している。この米国の福音派の態度を説明するために、原理主義ということばを考案したもののように思われる。

古くから米国では根本主義と呼ばれるグループが知られてきた。20世紀初頭、啓蒙主義の影響下、キリスト教も聖書批評学が進展し、聖書の記述を文字通り信じるべきではないという自由主義神学の考え方が主流になって、聖書を誤りなき神のことばとして信じる保守的なグループは軽蔑を込めて根本主義(Fundamentalism)と呼ばれるようになった。それには進化論の教育をめぐって争われたスコープス裁判が大きな契機となり、根本主義は偏狭な反知性主義と見なされるようになった。

その後、1940年代頃に根本主義から福音主義(Evangelical)というグループが分かれた。福音主義は信仰の根本的な教理は根本主義と共通だが、反知性的ではなく信仰と神学において穏健かつ保守的なグループで、聖書の権威や個人的回心を特別に重視するという特徴がある。このあたりはアリスター・マグラスの「キリスト教の将来と福音主義」に詳しく書かれている。米国の福音派には根本主義と福音主義が包含されているようだ。(参考サイトhttp://www.wheaton.edu/isae/defining_evangelicalism.html)

ところがその後米国においては自由主義が衰え、福音派が力を増して行き、1970年代頃から福音派が政治にも影響力を及ぼすようになり、カーターやレーガンなど福音派の大統領も出るようになった。それとともに「モラル・マジョリティー」、「プロミス・キーパーズ」などの保守的運動が現れ、創造論教育論争、中絶反対運動、同性愛反対運動などを通して根本主義的な活動が強まり、最近は再建主義という、聖書に基づき国を再建するという急進的なカルバン主義も出てきている。かつては福音派は自由主義への反動もあって、社会的、政治的な活動にはあまり関心がなかった傾向があったが、最近は福音派もこの世に積極的に係る姿勢を強め、再び根本主義的な傾向を強めており、これらをキリスト教原理主義と言っているようだ。日本ではクリスチャンが少数のため、米国のような大きな問題には至っていないが、創造論運動や中絶反対運動や創造論を教えるチャーチスクールなどにその傾向は見られるように思う。

米国の原理主義を見ていて、どうも正しい方向を向いているように思われないというのがJEAの見解のようだ。私も何かおかしいのではないかと感じる。ブッシュ氏が大量破壊兵器はなかったととぼけて見せたが、これは政治家として許されないことだと思う。その結果、多くの人が命を失ったのだ。聖書でパリサイ人は律法を守ることに熱心だったが、人の言い伝えを堅く守って神の戒めをないがしろにしたとイエスは指摘した。律法は神を愛することと隣人を愛することに尽きる。この原点を見失わないように、神と人に仕えて行きたいものだ。

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2006年7月22日 (土)

グスタフ・アウレンの「贖罪観の研究」

ネットの古本屋でグスタフ・アウレンという人の「贖罪観の研究(クリスタス・ヴィクトル)」という本を買った。これは昭和13年に印刷されたもので、元々1930年にドイツで出版されたものの英訳版をさらに和訳したものだ。

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アウレンは当時のスウェーデンの教義神学の第一人者であったらしい。スウェーデン人のパルメール宣教師に聞いてみたら、名前をご存知で、かつてスウェーデンにおいて良いか悪いかはわからないが影響は大きかったということだ。

この本は贖罪に関する教理の変遷を概観したものであるが、これが書かれた歴史的背景は、伝統的な正統主義の贖罪観と、自由主義神学の論争、さらにはバルトなどの新正統主義が勃興してきている中、アウレンは教父時代の贖罪観に注目して、その再評価を提案しているようだ。

アウレンは贖罪観を古典型とラテン型と「主観主義的」型の三つに分類している。古典型としてはアイレナイオスを代表とする教父たちの贖罪観を紹介している。古典型は教父により差異はあるが、大まかに言えば教父たちの共通の傾向として、神は「罪と死と悪魔」などの害悪の権力から人間を救うためにキリストを救い主として受肉させ、その死により害悪の権力に勝利したというものだ。その際キリストは贖いの代価を支払ったが、誰に支払ったかは教父により異なり、悪魔に支払ったという教父もあり、神に支払ったという教父もある。そのため賠償説と呼ばれる。いずれにせよアウレンも認めるとおり二元論的である。また神の愛と怒りは互いに争い、愛が怒りを征服したことにより、神は人間に対して和らぎを得たという思想があるようだ。言ってみれば人間は「罪と死と悪魔」などの害悪の権力に囚えられた被害者であり、憐れみ深い神は人間を救うためにキリストを遣わしたという思想のようだ。ルターの中にもその思想が見られるとアウレンは主張する。なお興味深いことにアウレンは教父たちとパウロの差異として、パウロは聖書で悪魔についてほとんど言及していないことを認めている。

ラテン型はアンセルムスに代表される贖罪観で、中世以降、正統な教理として認められてきたものだ。これも大まかに言えば、神は愛の神であると共に義の神でもあり、罪に対しては厳正な処罰を要求される方で、キリストはその罰を受けるために人となり十字架で死なれ、神の怒りはその身代わりの死によりなだめられ、満足を得られた。そのため満足説と呼ばれている。ところがアウレンはこの説に対し異を唱えており、彼の理屈はよく理解できないがラテン型のキリストが人となられて犠牲を捧げたという説は、人から神への行為であり律法主義的な考え方だということのようだ。満足説の法律的合理性は認めつつも、それは宗教的深みを減殺してしまうと言う。

「主観主義的」型は人間中心主義的であり、シュライエルマッハーなどは神についての意識が深められるに従い発生する精神的生命の変化がいわゆる贖罪と呼ぶべきものであると言明しているとアウレンは書いている。

本書の最後の章でアウレンは、古典型思想をして理論と言えるほど洗練されたものではないことを認めており、この本は贖罪観の歴史を書いたもので弁証論ではないと弁解している。いささか竜頭蛇尾の感はあるが、教父の時代の贖罪観はいわば正統教理が確立するまでの混沌とした思想が窺えて興味深い。アウレンはこの当時正統主義神学と自由主義神学が共倒れの状況の中、古典型贖罪観の復興を夢見ていたようだが、そうはならなかった。やはりアンセルムスに代表される満足説が広く受け入れられているようだ。

読後感想としては、アウレンは聖書に書かれている神の怒りやねたみ、裁きや呪い、生贄によるなだめと言った神の人格としての御性質が受け入れられなかったのではないかと感じる。J.I.パッカーが「神について」の福音の中心の章で、「神の御前における人間の根本的な問題は、神の怒りを引き起こす人間の罪であり、神が人間のために備えてくださった根本的なものは、怒りの中から平和をもたらす、なだめであるということよりも深い、福音のメッセージの理解はありません。」と言っているのと対照的だ。

神の愛による「罪と死と悪魔」からの勝利者キリストによる解放という思想は確かにわかりやすいのだが、聖書には人間は害悪の権力に捕えられた被害者というよりも、神の怒りを受けるべき罪人(共犯者もしくは張本人)であり、神の愛によりキリストは私たちの罪のための(神の怒りに対する)なだめの供え物として遣わされた(1ヨハネ4:10)と明確に述べられており、アウレンの言う古典型贖罪観はやはりピントがずれていると思う。これがパウロと教父たちの教説の違いだと思う。

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2006年6月 7日 (水)

反キリスト本

今日は東京に出張。午前中八重洲ブックセンターで仕事関係の技術書を買い込んだ。その後エスカレーターで別のフロアに行くと、目立つところに「キリスト教の謎~異端とは何か~」というコーナーがあり、昨今話題の「ダ・ビンチ・コード」とか「ユダの福音書」や「イエスのミステリー」など曰くつきの本が色々と並べてあった。

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私が立ち止まっている間にも2~3人の人が寄って来て、結構関心を集めているようだ。「ダ・ビンチ・コード」については以前テレビ番組で見たことがあるが、マグダラのマリヤはイエスの妻で、ダ・ビンチはそのことを秘かに伝承する秘密結社のメンバーで、それをモナリザの絵などに暗号として描いたというあほらしい話であることは知っていたが、結構人気を集めているようで困ったものだ。

バーバラ・スィーリングの「イエスのミステリー」も同様に死海文書を解読したらマグダラのマリヤがイエスの妻だということがわかったというものだったと思うが、同様にばかばかしいが、興味本位の一般読者には受けるのだろう。

「ユダの福音書」も少し前に新聞でも報道されたが、隠された真理のようにもてはやされているが、仮に実物としても単なる外典(聖書編纂時に信憑性がないとされ取り入れられなかった諸文書)の写本が見つかっただけのことである。まあいつぞやの偽メールのようなものである。

これらに対してキリスト教会は本気で反論するのもばからしいが、世間にそれらが真実と思われても困るので、しぶしぶ反証をしている。そのひとつがファボというカトリックの人の「反ダ・ヴィンチ・コード 嘘にまみれたベストセラー」で「ダ・ヴィンチ・コード」の記述内容のいい加減さを暴いたものだ。

「反」ダ・ヴィンチ・コード―嘘にまみれたベストセラー 「反」ダ・ヴィンチ・コード―嘘にまみれたベストセラー

著者:ホセ・アントニオ・ウリャテ ファボ
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

しかしいかに正論を書いても、「ダ・ヴィンチ・コード」ほど注目を集めることはできないだろう。センセーショナルなことを言った者勝ちになるものだ。ファボ氏によると実は著者のブラウンは女神崇拝のニューエイジ思想の持ち主で、キリスト教異端のグノーシス主義であるという。ブラウンは小説という形を利用してグノーシス主義を宣伝しているわけである。多分、コーナーに並んでいた本の多くがその類だろうが、グノーシスということばを知っている人はほとんどいないと思われ、これらが聖書に予言されている反キリストの働きであることを理解する人は少ないだろう。

「 確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。 しかし、悪人や詐欺師たちは、だましたりだまされたりしながら、ますます悪に落ちて行くのです。けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」(新改訳2テモテ3:12~16)

聖書にも終りの時代には偽りの教えがはびこると書かれている。動かされることなく御言葉に堅く立ちたいものである。

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2006年5月26日 (金)

F・シェーファーの本

今日は久々に東京に出張した。仕事が早めに終わったので、御茶の水のCLCに寄った。

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いろいろ物色していると、有名な福音主義の神学者のフランシス・シェーファーの「真に霊的であること(原題:True Spirituality)」という本が目に留まった。シェーファーの「そこに存在する神」や「神の沈黙?」など、福音主義キリスト教を擁護する書物を以前読んだことがあるが、霊性に関する本は意外だったので思い切って購入した。この本には「よみがえる現代の名著!」という帯が付いていて、どうも最近の霊性ブームを受けて1976年に発行されたものの復刻版のようだ。

http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/d/book_db.cgi?keys33=%92%86%93%87%8E%E7

序の中でシェーファーは10数年間牧師として働いたあと霊的危機に直面し、その後熟考の末、無限の人格的神が実在することと、キリスト教が真理であることを知るのに全く十分な理由があることが再びわかり、それがスイスでのラブリの働きにつながって行ったという。

彼はその危機について「問題は、私がキリスト者になってから受けたすべての教えにかかわらず、私達の現在の生活に対する完成されたキリストのみわざの意味に関して聖書が何と言っているかについて、私がほとんど聞いていなかった、ということであることがわかってきた。」と述べている。

そして「真の霊性についての基礎的考察」の章で、ローマ書6章から私たちが積極的な実を結ぶためには、私たちが瞬間瞬間すべての物事に対して死ぬことがまず必要だという。そしてその後初めて私の内に生きておられるよみがえり栄化されたキリストが実を結ばれるのだと言う。シェーファーはこれを「能動的受動性」と述べている。

私は最近、霊性ということに関心を持って考えて来たが、結局、パウロの言うキリストの十字架と復活のうちにリアルな霊的ないのちがあるということがクリアになって、目からウロコの思いがする。でもシェーファーほどの人でもそれがわかるまでに何十年もかかったというのは感慨深い。多分頭が良すぎたのかも。

「 しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、 しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。」(新改訳1コリント1:23-24)

まだ残り半分以上あるので続けて読み進めたい。

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