建国記念日
今日は建国記念日である。土曜日なので普通の休みと変わらないが、世間では賛成や反対の集会が行われているのだろう。建国記念日の起源はよく知らないが、天皇制と何らかの関係があるのであろう。靖国神社参拝問題や日の丸・君が代強制などの根底にあるのはすべて国家主義であると思う。
靖国神社は国のためにいのちを捧げた者を神として祀るということで、一般の国民は当然のことと思う人も多いが、この裏返しには、国のためにいのちを捧げる事を要求しているわけで、自分達も自分の子供達のいのちも国のために捧げることを求められていることに気付いているのだろうか。
日本人には潜在的に先祖崇拝の思想を持っている人がかなりおり、何の疑いもなく当然と受け止めていて、そうでない者を不道徳とみなすほど強い先入観を持っている。しかし先祖を無条件に尊敬することは正しいことなのだろうか?先祖を崇拝する人もおそらく大多数は進化論を信じていて、人間もアメーバから進化したと思っているはずである。それならば先祖をたどっていけばアメーバまで遡ることになるが、アメーバまで崇拝するのだろうか?
聖書では人類の先祖はアダムであると書かれている。聖書は罪の起源をアダムの神の命令にそむいて善悪を知る木の実を食べたアダムの原罪により説明している。すなわち聖書は先祖も等しく罪人であると述べており、先祖だから尊敬すべき存在とは述べていない。ネヘミヤもバビロン捕囚が偶像崇拝を行った先祖の罪の結果であることを告白し、神の前に悔い改めた。
また私達クリスチャンはキリストの血で洗われて、私達自身をきよい生きた供え物として神に捧げている。私達の子供も献児式で神に捧げて所有権を神にささげているのである。国家主義はそれに対して私達や子供達を国家に捧げる事を要求している。イスラエルが征服する前のカナンの先住民族は偶像に子供をいけにえとして捧げていたことが書かれているが、日本の国家主義も偶像の一つなのかも知れない。
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