« 賛美のスタイル | トップページ | 国家主義の虚構 »

2008年8月 6日 (水)

放蕩息子の帰郷

放蕩息子の帰郷―父の家に立ち返る物語― Book 放蕩息子の帰郷―父の家に立ち返る物語―

著者:ヘンリ・ナウエン
販売元:あめんどう
Amazon.co.jpで詳細を確認する

母に勧められてヘンリ・ナウエンの『放蕩息子の帰郷』を読んだ。この本はナウエンがレンブラントの晩年の作品『放蕩息子の帰郷』のポスターを見た話から始まる。その絵にはひざまずく放蕩息子と彼を抱く父とそれを見つめる兄息子とその他の人物が闇の中に浮かび上がるように描かれている。光の画家として有名なレンブラントらしい作品だ。

ナウエンがこの絵に強く惹かれた理由は、この絵の中に登場する人々の姿の中に、福音の本質と私たちの姿が象徴的に現わされているからだ。放蕩息子は放蕩の限りを尽くして我に返り、父の使用人にしてもらおうと父のもとに帰ってくる。父は彼を遠くから見つけ、駆け寄って抱きよせ、使用人にしてくれと言う放蕩息子に、最良の着物を着せ、指輪をはめさせ、履物を履かせ、肥えた子牛を屠らせて祝宴を始める。そこに兄息子が帰ってきて、自分は忠実に父に仕えていたのに子やぎ一匹くれなかった、と父に腹を立てるという聖書の物語を絵にしたものだ。

ナウエンはまず放蕩息子を自分に重ねる。彼はハーバード大学で神学を教えるエリートだったが、名声と競争を離れ、ラルシュという知的障害者施設の牧者となる。彼はカトリックの司祭として長く働いて来たが、挫折や心の痛みに悩まされ、絵の中の放蕩息子に自分を見たのだった。しかしある人から「あなたはむしろ兄息子に似ている」と言われ、突如自分のうちに、品行方正さを保ちつつも、嫉妬、怒りっぽさ、強情、独善があることに気付く。そしてある人から「あなたは父となるように召されていることに気付くべきです」と言われ、『何も問いただすことなく、何の見返りも求めることなく、自分のこどもたちを歓迎して家に迎え入れる父になる』という召命をわたしたちは受けていることを悟る。これは父なる神さまの徳性であり、イエスも、あなたがたも天の父のように完全でありなさい、と求めておられるのだ。

その父なる神についてナウエンは、放蕩息子を兄息子とを比較せず愛する方であることを、マタイ20章のぶどう園の労務者のたとえから説明する。父なる神さまがたとえられているぶどう園の主人は、一日中暑い中働いた者も夕方から少しだけ働いた者も、同じ賃金を支払った。このことからナウエンは「神はご自分に属する人々を、ほんのわずかしか働かなかった人も、多くのことを成し遂げた人と同様に愛される幸福な家の子たちだと見なしておられる」と言う。わたしたち子どもは不公平だと不満に思いがちだが、父なる神さまは違うのである。ここに福音の本質が隠されているようだ。そしてわたしたちもそのように変えられていくのだろう。

|

« 賛美のスタイル | トップページ | 国家主義の虚構 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/19980/22827858

この記事へのトラックバック一覧です: 放蕩息子の帰郷:

« 賛美のスタイル | トップページ | 国家主義の虚構 »